民主主義の本質と価値
19世紀の「古き良き時代」のヨーロッパに生まれ、二度の大戦の地獄の業火を見た法学者・ハンス・ケルゼンによる民主主義の論考です。
ケルゼンは、オーストリア・ウィーンで判事として働いていましたが、本書は、1929年、ケルゼンが書いた書籍です。その後、大恐慌、ワイマール共和国の瓦解など、情勢は第二次大戦に向けて坂道をころがっていきます。
ケルゼンが指摘した問題は、恐ろしいほど、今の時流と合致しています。
ケルゼンは、ルソーの自然法理論を基本的には批判していますが、ルソーの英国議会制への批判発言をポジティブに引用しています。
「英国民は自分たちを自由だとおもっているが、それはひどい自己欺瞞である。彼らが自由なのは、議員選挙中に過ぎない。議員が選ばれてしまえば、彼らは奴隷となり、無となる。」(ケルゼン著 長尾龍一ほか訳『民主主義の本質と価値』岩波文庫版p19)
コロナ時代の「分断」がよく報じられていますが、ケルゼンはすでに90年前に、「国民」とよばれているものが、統一体かどうかについて疑いを呈しています。
「しかし、物事の現実を対象とする考察においては、国民の名において登場する『統一体』なるものほど、疑わしいものはない。国民は、民族的・宗教的・経済的対立によって引き裂かれており、社会学的には、均質の固形凝集体であるというよりも、諸集団の束である。」(同上 p30)
擬制に満ちた議会制民主主義が、より国民の意思を反映できるように、ケルゼンは以下の提案をしています。
法案などに対する国民投票制の活用による直接民主主義の導入 (同上 p55)
議員の免責特権の廃止 (同上 p58)
リアリズムに徹した明察の人は、もう何十年も前に全てがわかっているわけですね。
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