aeonnous’s blog

Aeonnous教授の隠逸生活と意見

【音盤渉猟】心が折れそうな時は、、

心が折れそうなときは、むしろ、より一層大きな困難を味わって打ち勝った偉大な精神を思い出すしかありません。

 

バッハのヨハネ受難曲は、青春期、中年期、初老期のそれぞれ危機をのりこえさせるものでした。わたくしは、キリスト教徒ではありませんが、この音楽の力をいささかも疑うものではありません。

 

ヨハネ受難曲第一曲は、劈頭の圧巻といえましょう。この受難曲をひもとく者が、まず讃嘆してその境涯に入らんとする詩偈です。だから、フルコーダなのですね。

 

Herr, unser Herrscher, dessen Ruhm        主よ、我らが主人よ、その威光は
In allen Landen herrlich ist!            すべての邦に、壮麗たり。 

Zeig uns, durch deine Passion,            教えたまえ、汝の受難伝を以って。
Daß du, der wahre Gottessohn,           汝、即ちまことの神の子は、
Zu aller Zeit,                   いかな時も、
Auch in der größten Niedrigkeit,           大いなる屈辱のなかにありつるとも
Verherrlicht worden bist!          栄光に輝けりと。

                         (Aeonnous 訳)

 

我と汝、ですね。神秘主義的に時空を超えて合一するのです。

屈辱と栄光の道というヨハネ受難曲の特質は、第29曲のイエスの最期の言葉に表されています。

 

Es ist vollbrachat    それは一切成就せり。  (Aeonnous 訳)

 

それ、即ち屈辱と栄光の道は、十字架にかけられることによって、基督の誓願は、満願成就となるわけです。

 

バッハの神秘主義は、その精神集中、すなわち仏教的なことばをつかえば「禅定」「三昧」のはたらきによるものと思います。

 

youtu.be

 

 

「よい円安」? その4 「本当はこわい円安」の記憶

円安で国が衰亡した例があります。

 

それは、昭和5年(1930年)の「金解禁」です。

第一次世界大戦によって、日本の国力は急成長しました。勝ち組の協商国側について、しかも国が戦場にならなかったので米国とならんで世界貿易での輸出が急増し、国際的地位が上がって世界の五大国となったわけです。

国内では成金が、お札でタバコを巻いてふかしていたという時代です。80年代のバブルでも聞いたことがありませんね。

 

大正時代の第一次世界大戦当時、各国は、莫大な戦費捻出と金銀の騰貴のため、それまでの金本位制の運用を停止しました。大量に発行されたお札をもっていっても、金貨に交換はできないことにしたわけです。日本金貨の100円が米ドル金貨で約50ドル弱という明治時代の固定為替レートは停止となりました。管理為替制度は、戦争とともにあったわけです。

 

1918年、第一次世界大戦がおわり、各国は、金本位制による国際取引に復帰をはじめました。日本は関東大震災(大正12年、1923年)があって、復興のためにも金融・財政の緩和を継続しなければならず、大量のお札が必要であり、そのために金本位制の実際運用(金兌換:日銀券と金貨の交換の実行)への復帰がもたもたしていたわけです。震災もあって、為替相場では100円は、40ドル台を割り込む円安となりました。(戦前は、100円あたりの米ドルの上下で円安円高と素直に表示されていたわけで、今の1ドルが120円から139円に数字が増えて円安というひねり方よりわかりやすいですね。)

 

1927年、大戦バブルの完全な崩壊ともいうべき金融恐慌が起こり、銀行が破たんしていき、さらに為替相場は乱高下します。こうした為替変動に対しては財界から批判が強く、安定した相場を、国際的な金本位制復帰によって実現してもらいたいと圧力がかかったわけですね。財閥の頭の中は、古い古典派経済学があったのでしょう。

 

ようやく、1930年1月に浜口雄幸首相と井上準之助蔵相は、金本位制の固定レートによる貿易を金貨で決済できるように復帰させます。そのために、1929年から井上蔵相は、第一次大戦と震災でふくれあがった国内のインフレを緊縮財政で一気にひきしめます。これが「井上財政」です。これは国民に膨大な「痛み」を与えるものでした。バブルとインフレを金融引き締めで一気に退治しようとしたから、当然困窮します。

 

しかし、これはあまりにも遅すぎました。1930年1月、金本位制の運用の復帰、すなわち日銀券と金貨の兌換を、明治時代の円高な為替レートで行ってしまうのですが、1929年10月には世界大恐慌が発生して大混乱の中を、予定通り行ってしまったわけです。

 

固定レートのもとで順調になると期待していた生糸製品ほかのアメリカへの輸出は、アメリカ経済の需要萎縮でまったく進まず、円の実勢外国為替レートは、暴落していきます。明治時代の高いレートから無理に始めたので、一気に円安に進んだわけです。為替レートが一定以上に暴落すると、アメリカからわざわざ日銀まで金貨を引き取りに行っても元がとれます。これを現送といいます。

 

ここで、政府は、金の兌換にこだわっていたために、日銀の大金庫は開け放しになっていたところ、安い実勢レートで仕込んだ円為替をもって、兌換用の金貨が日銀からひきだされ、アメリカに向けて大量に流出したわけです(資本流出)。こうなると、日銀の兌換準備金は減少して、紙幣の発行高は減少、国内はますますデフレに陥ったわけです。外為市場で円はついに100円=20ドルまで暴落します。大量の金貨が流出して、1931年暮れにやっと金兌換は停止、日銀の金庫は閉じられたのでした。

 

まあ、FX投資家の俗語に言う「タネ銭を溶かした」ということになるわけですね。この貿易赤字と円安への外為投機などを通じた資本流出によって、大恐慌時代の日本経済は徹底的に傷み、悲惨な「昭和恐慌」に突入するのでした。特に農村の窮乏はすさまじく、これがあとで「青年軍人の義憤」を買って、軍事クーデター事件につながっていくわけです。

 

まさに、日本の労働者の賃金の下落は円安と相まって、インドよりも低い「インド以下的低賃金」が続くことになります。

 

「本当はこわい円安」は、この資本流出にあります。いまから90年前の1930年代の「金解禁」について、まだ1970年代から80年代は、現代人がバブル崩壊を教訓にするように、生きていました。わすれてはいけないと思います。現在、われわれの目の前でおこっていることの既視感はこのへんからくるのです。

 

金解禁の際発行された日本銀行兌換券10円札(筆者所蔵・不可複製)

「此券引換に金貨拾圓相渡可申候」という兌換約束は、2年も守られませんでした。


 

今週のお題「最近あった3つのいいこと」

今週のお題「最近あった3つのいいこと」

最近あった3つのいいこと

其の一 スーパーの特売輸入牛肉で作ったステーキが想定以上においしかった。

 一パック1000円ぐらいのアンガス・ビーフでしたが、うまくステーキになりました。フライパンでオリーブオイルとニンニクをじっくりいため、香りがでたら肉を投入して、岩塩と胡椒をガリガリと削って振りかけてから裏表焼いて、レアに焼けたら、肉を皿に盛り、フライパンに残った油と肉汁に安いチリの赤ワイン、ウスターソース、醤油すこし、塩コショウ、お好みのスパイス(私はクミンを少々)で味を調節して一煮立ちさせたものをソースにして肉にかけます。

 昔、アメリカに留学中に覚えた単純なステーキです。

 

其の弐 郵便局で忘れた書類が帰ってきたこと

いくつかの用事を済まそうと郵便局に行きましたが、なぜか大事な書類を一つ紛失してしまったのですが、数日後、郵便局から床に落ちていたとの連絡がありました。拾って下さったかた、そして連絡をいただいた郵便局の方、ありがとうございました。

 

其の参 長年の剃刀傷が治ったこと

旅行中に入った一見(いちげん)のちょっとあらっぽい床屋さんで、顔の髭剃りをしたら瘢痕がついて、10年以上傷でしたが、新しい副腎皮質軟膏を医者からもらって、塗っていたら数か月かかりましたが、良くなりました。医学の進歩はすごいものです。

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「がんばれ」?

心からの応援はありがたいものです。

選挙でも、スポーツでも「がんばれ」という掛け声をよく耳にしますね。

掛け声に、連帯があれば、応援を受ける方も、勇気百倍になることもあるでしょう。

 

昔、「頑張れ日本」というような標語もあったような記憶もあります。声をかけて応援した選手が文字通り頑張ると、うれしい気持ちになるのは、確かです。人間がもっている感情移入、自己投入による陶酔は、たくみに産業化されています。テレビ文化の中では、画面の向こうの聞こえない相手にしきりに声援を送っているわけで、たとえば五輪中継が莫大な放映権料で行われるのも、この自己投入の陶酔に経済価値があるからなのですね。このへんから「がんばれ」の倒錯、すなわち、対象のために掛け声を行うのではなく、自己満足のために行うことが始まるのです。

 

その一方で、「がんばれ」という言葉が、これ以上ないほど冷たく響く時もあります。

「がんばれ」が更に倒錯して、相手をおもう気持ちがゼロになると、世の中でも一番醜悪な悪意に満ちたことばと思いますが、「せいぜいがんばって」という言葉がありますが、見たくも使いたくも聞きたくもないですね。「がんばれ」もこうなると、無用のプレッシャーと突き放した感じだけが伝わってきます。うつ病の方に「がんばれ」は禁句という学説もあるようですが、すこしわかるような気がします。

 

ことばは、毒にも薬にもなりますね。慎重に使いたいと自戒したいと思います。

 

 

 

【音盤渉猟】グレゴリオ聖歌 聖金曜日のインプロぺリア Improperia

NAXOS様のグレゴリオ聖歌の音源です。

I hereby share a link of Gregorian Chants by NAXOS.

すべての傷ついた人々に心の平安が訪れますように。

May peace of mind be upon all the hurted.  

 

youtu.be

 

リンク先は「聖金曜日のインプロぺリア」から始まります。

The link will start from ”Impronperia of the Sacred Friday"

グレゴリオ聖歌の歌詞はこのように続きます

The chant reads as follows:

 

 Popule meus, quid feci tibi?  

 我が民よ、我は汝に何をなせるや。

 Aut in quo contristavi te?

   我は汝に何を傷つけたりや?

 Responde mihi.

   我に答えよ。

 

嘆くべき金曜日となりました。

It is a lamentable Friday.

 

今週のお題「マイベスト家電」 マイ・コーヒーメーカー

今週のお題「マイベスト家電」

 

お気に入りだったのは、海外で愛用していた小型コーヒーメーカーです。

 

コーヒー一杯分だけ、マグカップに直接落ちるものが、おてがるでよかったです。

 

国内ではなかなか見つかりませんでしたが、最近、よいものをみつけました。

 

コーヒーは、挽きたて、淹れたてがなによりです。マンデリンは特にそうですね。

 

 

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”よい円安”? その3 国際経済のトリレンマ

最近の論調をみると、さすがに”円安歓迎”は少なくなりました。

 

その一方で、円安について、なぜこのように政府は介入などなにもしないのだろうか?という疑問をもっている人は多いとおもいます。物価騰貴がひしひしと迫る中で、そのような意見も見られます。

 

行き過ぎた通貨安をふせぐ、通貨防衛のための為替介入は、これまでたくさん例がありますね。中央銀行がわが失敗した例に、ジョージ・ソロスの一世一代の1992年「ポンド売り崩し」に英中央銀行が対応できなかった例があります。また、防衛に成功した例に、1997年香港返還にまつわる「香港ドル売り崩し」がありますね。

 

しかし、中央銀行は万能ではないのです。今の状況で介入をしないのは、端的にできないからにほかありません。

 

なぜでしょうか。

 

それは、国際経済学の理論「マンデル・フレミング」モデルによる「国際経済のトリレンマ」があるからです。それは、「独立した金融政策=利子率政策」と「資本の国際的流動性」と「安定した為替レート」は、三すくみになっていて、三つ同時に達成することはできないのです。

 

1997年の香港ドルがなぜ防衛できたかというと、当時、国際金融都市・自由貿易港として繁栄を謳歌していた香港は、資本の国際的流動性が保証されていました。だからこそ、世界の金融中心の地位を構築できたわけです。そして、香港ドルと米ドルとペッグする、安定した為替レートを実現し、投資国は、為替リスクをおさえて貿易や投資ができたわけですね。そのため、香港経済は急速に発展したわけです。その代償として、香港は、独立した金利政策を放棄して、ロンドンやニューヨークで決まる利子率に従う政策をとっていたわけです。しかし、人口数百万の香港の通貨は、ヘッジファンドから一種甘く見られて、売り崩しを仕掛けられたわけです。売り方は、オーバーナイトの短期金利香港ドルを借りて、レバレッジをかけて売り玉としたわけで、猛烈な売りをはかったのですが、結局失敗したのは、ひとつは香港=中国当局の徹底した介入がありますが、ヘッジファンド側があまりに巨額の短資をあつめたので、オーバーナイトの金利がさらに猛烈に急上昇してしまい、調達コスト(-のスワップポイント)がかさんで、結局ポジションを維持しきれなかったというわけです。香港の自由放任の市場メカニズムがはからずもうまく働いてしまったともいえます。

 

いま、日銀のとりくみは、日本の独立した金融政策=利子率の維持にあります。米国をはじめとする世界的な利上げ・金融収縮政策とは違い、日本は国内の条件、すなわちこれまでの国債の大量の発行と利払い負担、さらにコロナ期を通じて急拡大した低利・無利子融資などによって、金利上昇は金融経済にきわめて深刻な影響を与えると考えられているわけです。金利の上昇政策により、そのあと20年以上苦しみぬいた90年代バブル崩壊と同様の恐慌危機を招くでしょう。その一方で、「資本の国際的流動性」は、維持される必要があります。貿易収支が赤字となり、これまでの海外投資のあがりである経常収支で生きている日本として、資本の国際流動性という建前をなくすことはできません。また、海外投資の受け入れ推進の政策も打ち出されました。

 

よって、為替の安定性はあきらめざるを得ないのです。

金利裁定ということばがありますが、金(かね)は、インフレ率を割り引いた実質利子率の高い方にながれていくのが理の当然です。円高円安は、80年代のように貿易収支によって決定される比重は小さくなり、より大きな額の資本が向かう向きで決定されるということになります。

円高や円安に振れても、それは、他の政策をあきらめないかぎり、容認せざるをえないわけです。円安を容認しているのは、家計ではなく、金融当局なわけです。同様に、円高の際も、政府はほとんど無為無策なように見えたのは、この理屈です。

 

どのような政策にもコストがかかります。現在の姿は、円安によって、円貨をもつ国民・勤労大衆の逆資産効果と、ドルなど外貨の収入・蓄積がある企業・資本家の資産効果がはっきりと格差を生んでいく社会にほかありません。

 

この日銀の低金利維持政策は、いずれにせよ、このたびは、短期的には勝利するでしょう。国民の円安による逆資産効果、そして資本の流出を費用として。